こんばんは、ダーレクです。
amazarashi初の横浜アリーナ単独公演「電脳演奏監視空間 ゴースト」から1ヶ月半が経ちますね。6月29日まではセーフって顔で振り返り記事をお送りします。
前作「新言語秩序」が期待を下回った反動でブログという趣味が生まれてしまった僕にとって、続編ライブの開催は良くも悪くもドキドキハラハラ。
さらに今回はフラワースタンドを贈る企画に参加させていただいたり、非APOLOGIES会員の同行者を率いたりと、多種多様な感情の渦巻く一日となりました。
開演前のひととき
開場までのソロ時間
ライブ本編にしか興味のなさそうな同行者達とは開場時間の14時半を目処に合流することになり、僕は一足先に横浜アリーナへと向かいました。
12時過ぎに現着し、まずはサインの書かれていない“オリジナルピクチャーチケット”を引き換えるため、建物内のAPOLOGIESブースへと足を運びます。
ロビーで流れている音源は、ちょうど『夕日解放同盟』が終わり『不眠症の見張り番』のイントロが始まろうとしていました。するとアリーナへと繋がる扉の向こう側から、明らかに不眠症イントロのドレドレドレ♪ではない、ギターをゴリゴリ鳴らす音が聴こえてくるじゃないですか。
「やばい!リハの音が漏れてる!」と慌ててイヤホンを両耳に装…いやそれじゃ特典ブースのスタッフさんと会話できないか…と挙動不審になりながら特典を受け取り、そそくさと扉から距離をとります。
会場外まで堂々と音漏れしてくる武道館よりマシとはいえいえ、横浜アリーナも流石に建物内ではリハーサルが聴こえちゃうものなんですね。セトリは絶対に本番まで知りたくない派なので本当にヒヤヒヤしました。
特にアルバム収録曲ならまだしも、アルバム外の曲が判明してしまったらワクワクが激減してしまいますからね。(結局どの曲のギターだったか解らず終い)
その後はブース横に飾られていたフラスタをチラっと覗き、果てしない物販列を見物しながらお腹を鳴らし、目星をつけていたサブウェイへと駆け込み、ファン間の交流や同行者との待ち合わせなども挟み、あっという間に開場時間が近付いてきました。
同行者との合流
というか秋田さんがチケット完売するか心配そうなのを見て「よし、任せろ!」って同行者をかき集めてきたはずが、蓋を開けてみたら余裕でソールドアウトしているじゃないですか。僕からすれば逆に話が違うんですよね。嘘つくなよ!(?)
【同行者ざっくり紹介】
母:僕が急用で行けなくなったメメモリツアーに代理参戦した経験がある。『多数決』2番Aメロの歌詞や『たられば』のメロディを褒めがち。
弟:Reolと米津玄師が大好き。昨年のCDJやゴースト2日前のAdoのライブも一緒に参戦した。
友達:音楽中毒ではなさそうな高校時代の友達。僕がブログを書いていることも知っている仲なので誘ってみた。
電子チケットの仕様上、購入者の僕には4人中1番目の座席が割り振られているのですが、家族チームと友達の面識は無いに等しく、僕が端っこに座ると気まずい境界線を引いてしまう恐れがありました。
ただし僕が真ん中に座るには、電子チケット上の座席とゴーストアプリに登録する座席をズラすという、少しだけトリッキーな措置が求められます。
それ故にチケットの分配やライブ用アプリへの座席登録は、現地で全員揃った状態でやる方が手っ取り早いだろうと思っていたんですよね。(当日まで両アプリから執拗に催促されていた)
ところがどすこい、直前になって「座席登録は15時で締め切るよ〜」という後出しの脅しが加わり、いざ集まろうにも人が多すぎて焦りゲージが急上昇していきます。14時半から30分しか猶予がないのに!!
母弟とは予定通りに集まれたので、ひとまず3人分の座席登録だけでも進めておくことに。「はい!64番、63番ね!」と指差し確認やダブルチェックを行い、かろうじて3人分の登録を完了させます。
このタイミングで(アプリ内の選択肢的に)僕らのアリーナ22列が最後列ということも判明。流石にちょっぴり凹みましたが、まあ同行者からすれば全体を見渡せる方が嬉しいだろうってことで自分を納得させました。
時を同じくして呑気に小腹を満たしやがっていた友達とも14時47分に合流し、家族チームとよそよそしく挨拶を交わしているところ悪いんだけどとっとと座席登録をしてもらいます。
大昔の授業参観から母が友達のことを一方的に覚えていたっぽいのですが、時を経て友達が垢抜けていたので顔を見ただけでは同一人物と気づかなかったらしいです。(なんだこの内輪すぎる文章は)
何はともあれamazarashi公式アプリをインストールしてもらい、本公演のチケットを分配するフェーズへと移ります。
同行者にも“Plus member ID”の新規登録を想定外に求められた時は「おっ、意外と苦戦するやつか…?」と胸騒ぎがしましたが…。
ここでなんとファンクラブの仕様がReolと同一だったらしく、弟は既にIDを持っていることが判明。話が早くて助かるぜ。
新規勢2人もメールアドレスを登録するだけで案外さくっと突破できたようで、あとは各々LINEでチケットのURLを共有→相手側が承認することで分配が完了したようです。

15時前に4人とも問題なく入場できたことで、ようやく肩の荷が全て降りました。あとはライブを思いっきり楽しむだけです。
とはいえいえ、今までamazarashiのワンマンライブにはずっと一人で参戦してきたので、顔馴染みを引き連れて入場するとどうも実感が湧きません。油断すると何をしに来たのか分からなくなりそうな、何とも不思議な心持ちでした。
血縁チームの2人も地味に空腹だったようで、建物内に売店を見つけたことで開演時間までは自由行動となりました。僕らの座席はアリーナ階層ということで、友達と2人で階段を昇っていよいよ心臓部に乗り込みます。

会場の真ん中にそびえ立っている円柱を目にした第一声は「まる…」でした。立方体スタイルの課題だった“座席ごとの見え方の不平等さ”が100点満点で改善されていてどっぷり感心。
番号的にアリーナC寄りの座席だったので、元々スクリーンはいい感じに見えそうな角度だと安心していましたが、そんなもんも関係なくなる平等な設計です。(まさかステージが回転しないとは思わなかったからね!)
スクリーン上には登場人物や設定の紹介がクルクルと流れており、会場内には不気味な音楽というか環境音SEが響いています。まるで1時間後にライブが開演するかのような厳かな雰囲気に、流石の僕も固唾を飲みました。
先ほどサブウェイで飲み干したコーラに呼び出されてトイレへ向かうと、入場時には無かったはずの長蛇の列が生まれていました。男子トイレであの長さはかなりレアだと思います。ラーメン屋よりも回転が早かったので、意外とすんなり客席には戻れましたけど。
開けっ放しのドアから吹き込む副流煙を耐えている間に、会場では恒例のギターギャンギャンタイムがあったそうですね。個人的にあれを聴いて気持ちを高めるのもamazarashiのライブの醍醐味だと思っているので、ちょっぴり損した気分になりました。
自席に戻れば、再びスクリーンで回転している紹介文を眺めるだけの時間です。この間に友達には「あれが前作の主人公だよ」「あれがラスボスみたいな奴だよ」とざっくり解説しておきました。
開演時間が迫ってくると、腹ごしらえチームも座席に到着。弟は左手に見える機材席に興味を示しており、母はスクリーンの名言集(?)を楽しそうに読み耽っています。
普段は開演時間を5分過ぎた辺りで暗転するものですが、今回は10分以上待たされており、逆にいつ始まるか分からない緊迫感が流れていました。
しばらくすると係の人がアリーナへの扉を順々に閉め始めます。一つ一つ星の消灯でおおよそのタイミングを覚悟できるのも360°ライブの特色みたいですね。
セットリストの感想
セトリ予想と答え合わせ
【実際のセトリ】
1. 君のベストライフ
2. ナイトメア
3. 黎明期
4. 光、再考📱
5. 小市民イーア
6. ムカデ
7. どうなったって
8. 痛覚📱
9. 収容室
10. ロストボーイズ
11. アンチノミー
12. 未来になれなかったあの夜に📱
13. おんなじ髑髏
14. 僕が死のうと思ったのは
15. スターライト📱
16. アンアライブ📱
17. ゴースト📱
スマホ使用曲は6曲。「群衆演算(スマホライトピカピカ)で領導者を撤退させた隙に小説を読み進める」という巧妙な段取りでライブが進行していきました。
その度に暗号強度が上がっていき、段々と客席ライトアップのパターンが複雑になっていく仕組みも凝っていて良かったですね。
セトリの選曲については、『黎明期』のMVで曲名が匂わされていた『夕日解放同盟』『不眠症の見張り番』がまさかのお留守番。事前に言及されたからこそ本編には登場しない、そんな発想の転換が必要だったようです。
既存曲の枠からは『光、再考』『ムカデ』『ロストボーイズ』『アンチノミー』『未来になれなかったあの夜に』『僕が死のうと思ったのは』『スターライト』の7曲。
現状ライブ皆勤賞のアンチノミーに加えて『光、再考』『ロストボーイズ』など無人ツアーが記憶に新しい面々も多く、流石におもん…いかにも秋田さんらしい選曲だったと思います。
おまけに比較的古い曲は「虚無病」「新言語秩序」のいずれかと全被りしており、2019年以降も見事にMV曲ばかり。360°ライブとして新鮮味に欠けるラインナップではありました。
まあ真面目な話、ピチピチの同行者達には定番曲の方がウケている感触があったので、僕のような厄介ファンを差し置いた組み方も一理あるんでしょうね。
特にアルバムから内定する新曲群とのバランスをとるために、それ以外を歴戦の代表曲で固めてくるという発想には、思慮深い人なら辿り着けているような気もしました。
【ダーレクの予想】
1. 君のベストライフ
2. ナイトメア
3. アンチノミー📱
4. ポルノ映画の看板の下で
5. 夕日解放同盟
6. アンアライブ
7. 抒情死
8. 季節は次々死んでいく
9. ラブソング
10. 小市民イーア
11. カシオピア係留所📱
12. 痛覚
13. 不眠症の見張り番
14. 生活の果てに音楽が鳴る
15. どうなったって
16. 黎明期📱
17. ゴースト📱
アルバム収録曲を10枠に絞る発想までは良かったのですが、僕が見捨てた『おんなじ髑髏』『収容室』はいずれも物語に深く関わっており、アルバム外からもアンチノミー以外は全くのノーマーク。予想通りに予想が当たりませんでした。
いつにも増して何一つ惜しくないので、これ以上書くことも特にありません。こちらからは以上です。
各楽曲の記憶
基本的に秋田さんはスロースターターなので最初の数曲ではそこまで気に留めませんでしたが、結果的にめちゃめちゃ喉の調子悪そうでしたね。途中から両手に力を入れて、秋田さんを応援する念を送りながら観守っていましたもん。
朗読や間奏で休憩を挟めば高音自体は出せるみたいなんですけど、amazarashiには持続的な高音域でじわじわとスタミナを消耗させていく楽曲が多いので、そういう曲調とはとことん相性の悪い日でした。
過去には『美しき思い出』『ごめんねオデッセイ』など不調ゴリ押しで真価を発揮した楽曲も存在するので、こんな時にこそぶっ込んでほしかったのが本音。
武道館ライブも局所的に同じくらい不安定だったので、ひょっとしたら不調の原因は緊張なんじゃないかとも思っています。
同様に歌詞飛びも頻発していた記憶はあるんですけど、具体的にどの箇所だったかは殆ど覚えていません。秋田さんが空けた穴を豊川さんが全力カバーするアツいシーンも多かったんですけどね。
普段のライブではそれを持ち帰ることを楽しみの一つとしていますが、今回はいくらなんでも跳梁跋扈していた他の情報に押し出されてしまったようです。
『君のベストライフ』
チュートリアルでスマホを光らせた後、内容や尺の不明だった朗読を挟んでぬるっと始まったのは、誰もが予想していたアルバムの1曲目。ライブでしか聴かない質感のキーボードが記憶に残っています。
ステージが照らされると、秋田さんがアリーナBCの境界線方面を向いていることに気がつきます。この時は「お、最初に秋田さんが向いてくれる座席かぁ〜」とウキウキしていました。
サビでは爆発するように声を張っていて、2番Bメロ「僕は大嫌い」が原曲よりも感情が込められていて良かったですね。終盤の「…を汚した涙」「勝者も元は敗者」で早速歌詞飛びや不調の片鱗も見られました。
「ゴースト!横浜アリーナ!青森から来ました!amazarashiです!」
チュートリアルから両手にスマホ持ちっぱなしで聴いていたので「あぁそういえば使ってねぇじゃん」と不貞腐れながら直角の右膝にゆっくり置いて小さく拍手。
朗読を挟んだことも相まってか、挨拶という概念をすっかり忘れてアウトロに聴き浸っていたところに、ねっとりしたテンションで「ゴースト…」と唱えられたのが個人的には不意打ちでした。
『ナイトメア』
『俯きヶ丘』を彷彿とさせるようなイントロの覚醒ドラムパンパンが気持ちよかったですねぇ。
秋田さんは案の定まだまだ不安定そうで、この曲も後半で派手に歌詞飛びしていました。やっぱりライブ全体を通して歌唱へのツッコミどころが渋滞していたので、記憶がゴチャゴチャになって満遍なく思い出せなくなっています。
ジョナサンに対して元ネタの判明していなかった「オーロラ」が、終演後にひまわりの姉だと発覚。アルバム感想記事では「ライブで明かされなかったら困る」的なことを書きましたが無事に提示されてホッとしています。(にしてもオーロラの正式な元ネタはあるのかな?)
そう考えると、アルバム内でもトップクラスに物語特化の楽曲だったんですね。さながら「ゴースト」のオープニング曲みたいな。
『黎明期』
始まったイントロには原曲のようなコーラスがなく、限りなく『黎明期』っぽいけど絶対とは言い切れないような、半信半疑(?)のまま耳を傾けていました。
セトリ予想時には3曲目に置くと違和感があったんですけど、アルバムの曲順通りに3曲目で来ましたね。そんでもって楽曲のテンション的にはやっぱり違和感を覚えています。『ナイトメア』から「憂い」に抗う繋がりなのは分かるんですけど。
個人的に気に入っている歌詞「一対であるからこそ」が不発することを恐れていましたが、無事に乗り越えてくれました。というか冒頭2曲よりも明らかに調子が良さそうでしたね。比較的キャッチーな曲調だからかなぁ。
ライブ3曲目あるあるのジャーンジャカジャカに発展したかは覚えていませんが、ラスサビの「黎〜明期」から当たり前のようにアウトロに突入したもんで、ぼけーっとしてる時に肩を叩かれるくらいの驚きで眺めていました。
『光、再考』
新言語秩序では2曲目『リビングデッド』で早速スマホ演出が入ったので、今回はまだなのかな〜と首を長くしていましたが、ついに言葉ゾンビのロゴが映ると共にキーブチュブチュの音が鳴り、慌てて手に取ったスマホも呼応してバイブを2回鳴らします。
唐突なレトロ選曲に驚いたこと以外、残念ながら音楽のことは何一つ覚えていません。
スマホライトは会場を4等分して順番に照らすようなフォーメーションが中心で、「あれ?思ったよりシンプルな演出だな…(悪い意味)」とこの時は思っていました。
弟が興味深そうに周りを見渡したり、自分のライトを顎に照射して観察していた姿が一番印象に残っています。
『小市民イーア』
小説がイーア大活躍回に着地したことで察しはつきましたが、ここで期待の一曲が来ましたね。歌うなら序盤だろうと予想していた『夕日解放同盟』に寄ってくる気配もなくて内心焦っていたのもこの辺り。
作中のイーアと歌詞を重ね合わせることに意識がいってしまい、これまた楽曲自体はあまり楽しめませんでした。単に音量が小さかったのかもしれませんが、思ったよりライブ映えしていない印象も受けました。
そしてもう一つ、「あれ?秋田さんがまだこっち向いてる?」ということに気が付きます。こんなに回転しやすそうな形だったので尚更びっくり。普段のライブにおける外れ席くらいの角度に座っていた僕からすればラッキーです。
『ムカデ』
直前のイーアから「ああ絞首台繋がりか」とはすぐに気付きました。『光、再考』に続いて、よりによって過去の朗読ライブでセトリ入りしてきた曲に枠を割かれているのはモヤモヤしますけど。
また、何と言ってもこの曲はサビを歌うのが死ぬほどキツそうでした。「最果ての絞首台」まで毎回這いつくばって、倒れ込むように間奏に入るイメージで。
『どうなったって』
個人的には終盤の要として歌われる予想をしていたので、思わぬタイミングで聴くことになりました。ここに置かれた意図はあんまり分かりません。
歌い出しではどっちに転ぶか分かりませんでしたが、高音が増えてくると『ムカデ』のダメージを引きずっていることを確信します。ラスサビの「どうなったって〜×2」とかずっと正しい高さに届いていませんでしたもん。
『痛覚』
あっという間に8曲目、次なるスマホ曲として選ばれたのはまさかの『痛覚』でした。
明らかに『光、再考』よりも光り方が凝っていたので、先程のスマホ曲の演奏後にbit数が上がっていく流れをここで認識します。この時点でだいぶ煌びやかな演出に化けていましたね。
秋田さんの調子も何故か回復しており、割と絶好調寄りの歌声を堪能することができました。(黎明期と同じくメロディアスだから?)
『収容室』
小説の流れ的には『収容室』か『おんなじ髑髏』の2択といった局面。イントロのサイレンのような音がかなりの長尺で鳴り響いた後に本イントロが始まりました。
音域が易しめなのも相まってか、この曲も『痛覚』と同じくらい安定した歌声だったと思います。ラスサビの「アラウラレ」だけ軽く裏返っていましたけどね。無人ツアー音源の『ジュブナイル』くらいの限界チラ見えと同時に歌い終えたイメージ。
『ロストボーイズ』
率直に「そう来たか」と思わされた選曲です。一昨年のCDJで突然セトリ入りしたり、騒々しい無人シリーズで可愛がられたりと継続的な活躍は目立っていましたが、それらも偶然ではなかったようで。
僕の主観では『マスクチルドレン』と同じくらいに王道だね〜って曲なんですけど、秋田さんの中ではもっと明確に“代表曲ポジ”として確立されているようです。
これまた楽曲の中身はあまり覚えていませんが、終演直後に遺したメモによると秋田さんの調子は「たまに枯れるけどまあまあ」だったそうです。
『アンチノミー』
ライブ皆勤賞記録を更新中でもある、現役最強の代表曲がやっぱりセトリ入り。
サマソニやアニロックなどのフェスで聴いたものよりは原型を感じられる音程でしたが、いつでもひっくり返りそうな危うさは常に漂っていました。
アウトロ中の「感情は持たないでください!」を歌わないのは尺の都合があるとしても、「誰のもの〜!」のおかわり不在は不調すぎて急遽スキップしたのでしょうか。
『未来になれなかったあの夜に』
ギターギャンギャンの馴染み深いライブイントロが始まった時は、真っ先に「秋田さん今日のコンディションでいけるのか!?」と思ってしまいました。この曲のサビはロスボ以上に喉をすり潰される凶悪さだと思っているので。
それでも秋田さんは、一度サビに突入すればペース配分度外視のでっかい声でぶちかまし、行けるところまで行くという超新星イズムを見せつけてくれました。
ロングトーンが優先的に切り捨てられるなど寂しい部分もありましたが、口から音源でいつの間にか歌い終わっているよりは、秋田さんの気合を肌で感じ続けられて有意義な時間だったと思います。
全部修正されたらこの死闘も埋め立てられてしまうのが惜しいよなぁ。
『おんなじ髑髏』
小説で改めて「骨」が取り上げられたことで、満を持して回収されましたね。
Aメロ後半のユニゾンパートがやってくる度に、豊川さんのハモリ無双が繰り広げられました。ありがとうございます。
ゆったりした曲調だからか秋田さんもライブ中トップクラスにのびのびと歌えており、豊川さんのハモリや「いえいえ」の美しさ含め、僕にとっても束の間の安心できる時間でした。
『僕が死のうと思ったのは』
360°朗読ライブ唯一の皆勤賞となればもはや清々しく、弟が開演前にチラッと所望していた楽曲でもあるので、色んな意味で「おめでとう」と思いながら迎え入れました。
この曲もまた中身を何も覚えていないので、きっと口から音源だったのでしょう。
しかし、この時点で『アンアライブ』『夕日解放同盟』『不眠症の見張り番』のうち1曲はセトリ落ちすることも確定。頭の中でもう一段階焦り始めます。特に夕日解放はかなり厳しくないか…?
『スターライト』
ほんのり曲付きの前口上には「ゴーストストーリー」という言葉が繰り返し登場。唐突に始まったこれが新曲かどうか、終演後に受け取ったポストカードに視線を落とす自分を思い浮かべながら耳を傾けていました。
次第に「お守りになった言葉 夜の向こうに答えはあるのか」というリリックが織り交ぜられ始めます。それでもまだ分からんぞ〜と思っていましたが、とうとう本当に「夜の向こうに答えはあるのか!」と連呼しながら『スターライト』に突入。
どうなったって、アンチノミー、未来になれなかったあの夜に、僕が死のうと思ったのは、そしてスターライト。これまでのライブで大トリを務めてきた楽曲がありえない密度で詰まっており、まさにボスラッシュの様相でした。
スマホ演出が加わったタイミングは定かではありませんが、ライブフォトを見返した感じは『スターライト』が始まるタイミングで急に呼び出されたんでしたっけ?
そのタイミングも相まって、ワンチャンこれでもう“第4ブロックの4曲目”とカウントされているのかと焦った記憶があります。
『アンアライブ』
セトリの予想時には、ほぼ確の大トリ『ゴースト』の前座をどの曲にするかが課題となっていました。amazarashiが選んだのは『アンアライブ』のアウトロをムキムキにして相応しくするという力技。
「沈みゆく船」「減り続けるタイマー」が直球で当てはまったり、焦燥感と決意を同時にぶつけられる歌詞がストーリーにも上手く合致していましたね。
サビではもちろん豊川さんのフィーバータイム。『おんなじ髑髏』ほどはっきり聴こえる静けさはありませんでしたが、改めてありがとうございます。
サビで大きく休憩がとれるおかげで秋田さんの喉も潰れませんでしたが、アウトロのアンアライブ連発アレンジに突入するタイミングをうっかり間違えてしまったのか、ラスサビでは秋田さんの音源下ハモリ「ツナガレタママ…」が一人出に響き渡り、リアル秋田さんが慌てて「それは切なるメタファー」で合流するという一幕がありました。
最後はスクリーン映像の高速回転に目が回りそうになりました。
『ゴースト』
「ゴーストはそういう存在なんですよ」ってタネ明かしをした上で『ゴースト』をエンドロールの曲にする仕掛けが率直に良かったですね。
近いパターンは“仮説人形劇”で経験していたにもかかわらず、斬新な終幕にしっかり度肝を抜かれてしまいました。
「処刑されちゃうかも」とか「さよならを言いに来たよ」とか、アルバムの段階でなんとなく違和感は覚えつつも保留していた歌詞の解像度が上がっていくのも気持ちよかったです。
最後の最後こそは絶好調で走り切るのかと思いきや、「そしてそれが紛れない起承転結の起になる」がちょっとだけ危うかったかも。
ラスサビから「誰の指図も聞かない」に入る間際の小さなタメも丁度いい余韻を生み出していましたね。一方で〆のジャーンを何度も繰り返していたのだけは、意図を汲み取れないまま終わっちゃいましたけど。
今回の挨拶前には真後ろを向いて、腰に両手を当てていたでしょうか。
「ゴースト!横浜アリーナ!ありがとうございました!」
x.com#amazarashi⁰
— amazarashi (@amazarashi_info) 2025年4月29日
『電脳演奏監視空間 ゴースト』
⁰ご参加いただいた皆さま、誠にありがとうございました。
ライブプロジェクト専用アプリをアップデートいたしました。アプリ内の共有ドライブに、
・プロテストライブ記録集
・ゴースト 秋田ひろむ
・検閲ファイル「背後霊付き」
・ゴースト… pic.twitter.com/XPDhaBSPGB
演出面の感想
「ゴースト」の物語について
今回のストーリーを僕なりに要約すると「新言語秩序庁の犬だったひまわりが、危機的状況下で“自分自身の選択”ができるようになり、背後霊イーアを成仏させる物語」ですかね。
その中で、僕の中では計3回のアハ体験がありました。
- イーアとひまわりって一対だったんだ…
- アカシアって希明だったんだ…
- 『ゴースト』ってゴースト目線だったんだ…
こういうハッピーエンドと呼ぶには代償が大きすぎた系のエンドには少なからずモヤモヤさせられるものですが、そのモヤモヤで心を運動させる時間が同時に楽しくもあります。
その後ひまわり達がどうなったのか描いてくれないのは、そういう映画を観終わったみたいで嫌いじゃないですよ。
終演後のアプリに追加された小説を読み返してみると、言われてみれば初めからコテコテの叙述トリックが仕掛けられていたんですね。
イーアが常に“ひまわりのついで”みたいな扱われ方をしているように見えたのも、傍から見ればそもそも存在しないからだったとは。
さて、ライブ前に小説が第四章(偽)までがっつり公開されていた「朗読演奏実験空間 新言語秩序」から一転して、今回はストーリー本編が前もって公開されませんでした。
事前に判明していたのは、領導者・ハルマン室長・アカシア・イーア・ひまわりという5人のキャラクターが登場することや世界観の大枠が外伝的なテキストで匂わされた程度。
ライブが始まれば上記キャラクター達による物語が当たり前のように動き出し、僕らもその世界へと迅速に適応することが求められました。
聞き逃しや解釈違いが起こってしまわないように気を張っておくことは想像以上に僕の負担となりましたが、かと言って内容を知っている小説を長々と朗読されていた前作に比べれば、今回の方がライブ本編の密度も高くて純粋に楽しかったですね。
また、各キャラクターの台詞がボイス付きで秋田さんの朗読と重なるのは、アニメの手紙を読み始めるシーンみたいに字面と語り手の交わりが感じられて普通に良演出でした。
強いて言えば、読み上げるタイミングがちょっとズレる度に秋田さんがヒヨって声を小さくしてしまう点は発展途上だったとしか言えません。露骨にグダっている空気が流れますからね。
喉の調子はある種の運ゲーかもしれませんが、朗読はどう考えても練習量が直結する要素ですし、ここは演奏同様に自信満々で挑んでもらわないと困りますよ。
こういった改善点はツアーだったらより良い形を探りながら映像化に臨めるんですけど、一発勝負だと余計にプレッシャーをもたらしてしまうのが難しいところ。
スマホアプリの演出について
チュートリアルに始まり『光、再考』『痛覚』『未来になれなかったあの夜に』『スターライト』『アンアライブ』『ゴースト』と計6曲で使用された今作のスマホアプリ演出。
2020年末から使い続けている僕のスマホの充電は、モバイルバッテリーで80%台まで充電したところから57%まで減っていました。つまり30%弱のバッテリー消費ということで、思いのほか削られませんでしたね。
一応合図が来たら「よ〜しスマホ掲げるぞ〜」ってわざとらしく準備するモーションで両隣の同行者達をアシストしているつもりになっていました。(曲中に力尽きて肘置きの固定砲台にするまでがテンプレ)
それでもロゴがくっきり表れない『アンアライブ』のフェイント演出には弟が引っかかっており、ぼーっとしていたところを肘でつついてお節介を焼いたりしています。
おおよそ4曲ごとに機会が来るという法則性に気付いてからは精神的負担が軽減されたものの、僕もまた『君のベストライフ』の演奏後までずーっと二の腕をカチカチにしていましたし。
「どこからどこまでスマホを掲げておけば完璧に演出を楽しめるのか」なんて初見で把握しようがないのは永遠の課題と言えますね。
それでもお花畑が広がるようにライトアップされていく様はとっても幻想的。しっかり疲労も溜まりましたが、事前の忌避感に反して僕の中ではポジティブな印象が上回っています。(デメリットを全力で覚悟していたのが良かったのかな?)
ところでスマホ演出の新要素である“響撃”のくだりは、音量MAXなのに「なんか発してるな〜」くらいしか聴こえなくて特に活きている実感はなかったですね。この記事で言及するのもこれが最初で最後になります。
スクリーンの映像について
今回新たに導入された円柱型スクリーン。
第一印象通りに“視覚的な不平等が無くなった”ところまでは良かったのですが、代わりに円柱の半面ずつに情報が詰め込まれるようになったことで、かえって“全員等しく映像を観づらくなっていた”ようにも思えます。
特に角度のキツすぎる両端は、人間の視界ではどう頑張っても読み取りきれません。これに関しては円柱自体を太くしようが視界に映せるスクリーンの割合は変化しないため、映像側の情報量を薄めるしかなかったのでしょう。
あとは当たり前ですが、ステージ内の秋田さん達が回転しなくなったのも、僕が反対側に座っていたら憤慨していた自信があります。これまでの360°ライブで感じられた配慮が失われるのはちょっと…。
このライブ最大のツッコミどころである領導者は、通常形態のうちは何をするでもなくただ浮遊していました。その様子が脳トレの川島教授を彷彿とさせすぎるんですよね。回ってくる度に笑っていました。
序盤は物珍しさを楽しむことができますが、朗読を終えてからスマホライト曲をやり切って一区切りつけるまで、ひたすらこの時間が続きます。
ライブ全体を通してあまりにもずーっとそこを占有しているため、多少の形態変化こそあれど、次第にこの構図自体に対する飽きがやって来てしまいました。
もっと曲中に姿を消したり逆に覆い尽くしたりと緩急をつけたレイドバトルだったならば、多少はドキドキハラハラが増幅されたのかもしれません。こっちとしても、ライブを普通に見られる時間が一瞬でも生まれた方が嬉しいですし。
実際、そのせいで本来の映像をまともに見られない瞬間が多々ありました。
「各楽曲の記憶」にて僕がスクリーン映像について一切言及していなかったのは、メモったものを意図的にカットした訳ではなく、本当に特筆事項を何も覚えていなかったのです。
領導者サイドの映像では希明のやんちゃした過去がちらほら映っていたようですけど、僕はどちらかと言えばリリック映像に興味があり、そちらが回ってくるのを必死にスタンばっていたので満足に確認できていません。
そんでもってお目当てのリリックも領導者の妨害により見えず、明確に覚えているのは平和に鑑賞できた『ゴースト』のエンドロール映像のみです。あ〜骨折り損のくたびれ儲け。
ましてやスクリーンの裏にいる秋田さん達に視線を向けることは、さらに優先度を下がって尚更疎かになります。まともに覚えているのは、これまた『ゴースト』後のギターを弾き切って座り込む姿くらいでしょうか。
本音を言うぞ
タイトルや直前の口ぶりで既にお気付きかと思いますが「電脳演奏監視空間 ゴースト」は、僕の期待を下回ったライブとして記憶に刻まれています。
感想の投稿がこれだけ遅かったのは、単純に最低クラスのモチベーションで最長クラスの記事を書いていたから。直視するだけで気が滅入ってくる本音の掃き溜めを、なるべく理性的に再構築するのが二重に面倒でした。
いっそ僕の中でこのライブは無かったことにして、何食わぬ顔でフェスのセトリ予想を始めても良かったのですが、ブログ名に繋ぎ止められている以上はそういう訳にもいきません。
アルバムの完成度は言わずもがな高く、ストーリーやスマホ演出なども想像以上に楽しめて、何より秋田さんの気迫が伝わる歌声は今でも脳裏に焼きついています。
にもかかわらず、エンドロール仕様の『ゴースト』が始まった時に僕は「あぁ…このくらい(の満足度で終わり)かぁ…」と武道館からの帰り道を思い出しました。
良かった点を挙げることは容易いのに、トータルで振り返った時にマイナスの印象がより強く感じられるのは何故なのでしょうか。
普段のライブで僕を満たしているもの
手始めに「amazarashiのライブで僕の満足度を左右している要因」を書き出してみました。
①秋田さんの勇姿
②秋田さんと豊川さんの歌声
③秋田さん達の演奏
④紗幕映像
⑤セットリストやライブアレンジ
⑥客席の快適さ
今回のライブではさらに、特筆すべき点が3つほど加わっています。
⑦フラグ回収
⑧小説のストーリー
⑨スマホアプリの演出
そして、今回における僕の最終的な満足度は以下の通り。
◎充分に満足できた:③演奏、⑧小説
△一長一短と感じた:②歌声、⑤セトリ、⑥客席、⑨アプリ
✕満足できなかった:①勇姿、④映像、⑦フラグ
聴覚情報や特殊要素への評価が散らばっている一方で、視覚情報①④が✕に固まっている点は見過ごせませんね。
特に「普段のライブで当たり前に満たされている点」は国家試験における“ドボン問題”のようなもので、ここを落とすだけで「期待を下回った」という印象に直結してしまうのです。
不満点①④⑦はいずれも、「思うように秋田ひろむ成分を摂取できなかった」という点が共通しています。そこに着目して掘り下げてみましょう。
領導者がもたらす情報過多
僕の不満を募らせた直接的な原因としては、やはり「ダラダラと妨害を続ける領導者」の比重が大きかったと断言できます。
敵が襲来する設定自体は、スマホライト演出の理由付けとして悪くない気もするんですけど。
僕以外にもヘイトを募らせたであろう「秋田さん達のパフォーマンスを邪魔するような演出」は制作陣も想定していたどころか、それを目的に作られていたそうじゃないですか。
世界観的に言いたいことは分かりますが、悲しいかな、それが決まった時点で僕の不満足も宿命づけられていたようです。(これから始まる悲劇ってそういうことか〜)
「言葉を取り戻せ」のような投稿や落書きはそういう世界観なので許せますが、それを追求しすぎて瞬時に読めない量のタイポグラフィーを見せつけられるといよいよキャパオーバー。
僕はそういうのが気になるタイプなので、無意識に歌詞以外の文章に目が行ってしまいます。それを必死に読み取ろうとしてるうちに意識はそっちに向いてしまい、曲が終わる毎にモヤモヤが残ってゆく。
僕は秋田さん達の勇姿を見に来たんです。何故おまけ要素である映像と2時間もにらめっこしているのでしょうか。
『理論武装解除』では映像がほとんど無く、仕方なく秋田さんの姿を目に焼き付けていたのですが、結果的にそれこそが僕にとって理想のライブだったようです。
この点は極限まで悪化させられていたと言えます。リリックの映像云々の次元ではなく、それら全てを塗りつぶす領導者がこちらを見つめていました。
元々他のバンドより視覚的に派手な演出を用いるamazarashiが、大きな会場だからと言って単純に足し算すればそりゃあ過剰になります。ライブ側の情報量が爆増しても、受け手側のキャパシティは普段と変わりません。
全貌を知っている製作サイドは気付きづらいのかもしれませんが定期、こういったライブでは「どれほどの情報を受け取って理解すれば“作者の想定しているライン”に達するのか」が釈然としないまま進行していきます。なんなら今回はスクリーンの細さも相まって、座席によっては物理的に拾えなかった情報もありますよね。
そのせいで一瞬一瞬のハイライトを噛み締める余裕もなく、終盤に向かうにつれ満足度が伴わなくなっていくのです。情報を拾い集めることに意識が割かれすぎて、“本来の栄養”である歌詞映像や秋田さんのノリっぷりを吸収することが疎かになりますから。
また、領導者本体やねじ込まれた希明zarashiなどが曲中の記憶に割り込んでくることで、チラッと視認できた栄養素すら短期記憶から押し出されるという悲劇も生じていました。
それらが積み重なることで、最終的な視覚情報は「あんまり覚えていない≒面白くなかった」とネガティブに総括されてしまうのです。
この演出の目的が「このライブを邪魔すること」だと初めから知っていれば、まだ為す術はあったのかもしれません。
いかんせん僕は「よく分からんけど何か意味があるんだろう」と信じ、なるべく領導者からも目を離さないように過ごしていました。(事前に設定を周知されていないんだからそりゃそうなる)
「新言語秩序」と同様に映像化された時のインパクトは約束されているでしょうが、そのために肝心の“現地体験”が滅茶苦茶になっては本末転倒です。
とりわけ僕が領導者の介入を疎んでいるのは、いつしか持ち合わせていた「フィクションはあくまでフィクション」という冷めた価値観も影響していると思われます。
それが作り物だと分かった上で「リアリティとやらのために自分がamazarashiに没入する体験を損なう」という不毛さを僕は容認できません。
前作における『独白(検閲済み)』なんてその代表例ですし、似たようなことを『ごめんねオデッセイ』MVの記事でも書きましたね。(NieRシリーズのセーブデータも消さないタイプ)
「検閲」も「領導者の介入」もそれらへの抵抗フェーズも、予定調和の“そういう映像”が流れているだけで、ライブの進行そのものに影響を及ぼしている訳ではありません。
今回だって『アンアライブ』が終わるまでは絶対に介入を阻止できない一本道のシナリオだったはず。会場中がどれだけ綺麗に照らされようとも、川島教授とにらめっこ2時間コースは避けようがなかったのです。
そんな領導者の邪魔くささとは裏腹に、曲間にウィーンwwwと鳴き続けるドローン達にはさほど不快感を覚えませんでした。
これに関しては、無意識のうちに「世界観の補強と引き換えに騒がしくなったクレーンカメラ」くらいの捉え方をしていた可能性があります。
単純に「ライブを撮影すること」が彼らの本職ですし、物珍しさや納得感も加点された結果、多少の煩わしさは許容することができたのでしょう。
秋田さんと背後霊の決着どうなった?
アルバム発表に合わせて解禁されたコメントは「秋田ひろむが背後霊との決着をつけるライブ」を予感させる内容でした。何度読み返しても、僕にはそう書いてあるように見えます。
専用アプリのリリースも同時に予告されたことで、例えば“朗読と口上のハイブリッド”のような、全く新しいスタイルのライブが展開されることを僕は期待していました。
セトリ予想にて『どうなったって』『生活の果てに音楽が鳴る』など、小説に絡むとは思えないパーソナルな楽曲を終盤に挙げていたのもその一環です。
ところが、実際に横浜アリーナでそれを果たしたのは物語の主人公である水津暁優であって、挨拶や既存曲以外に“秋田さん自身の言葉”と言えるものは『スターライト』の伴奏付き前口上くらい。
なんなら“ゴースト”は秋田さんの足を引っ張る存在として言及されていたのに、小説内のイーアはむしろ、ひまわりを暗い部屋から引っ張り出す真逆の役割でしたし…🤔
芋づる式に『ゴースト』という楽曲とも噛み合っていないことになりますし、僕の楽しみにしていた“売り文句”は何処へ消えてしまったのでしょうか。
時折ストーリーを思い出しながら『おんなじ髑髏』や『ゴースト』を聴いて感傷に浸ってこそいますが、その感動だけ受け取っても話が違うんですよ。
あの小説を朗読するだけでは「露悪的な背後霊に“抗って”自分自身の選択をすること」の比喩にも代弁にもなっておらず、「秋田ひろむと背後霊の決着」の表現方法として噛み合っていないように感じます。
『スターライト』の前口上もまた、味わえたこと自体には感謝感激なんですけど、これはこれで小説との融合を成立させるほどのパーツには感じられませんでした。個人的な印象としては「唐突にねじ込まれたファンサービス」の域を出ないというか。
そもそもコンセプトアルバムをリリースする熱量がありながら、セットリストの余白を超絶定番曲で固めていた点にも疑問を覚えます。
せっかく作り上げた世界観が“実家”に向かって逆行し、コンセプトライブとしての特異性がボヤける一因となりますから。だったらいつも通りのライブをやってくれりゃ良かったのに。
仮に言いたいことを言い尽くすための尺が足りなかったのだとしたら、セトリの曲数を削ってでも風呂敷を畳むことに注力してほしかったですね。全13曲ぽっちのライブですら前例がちらほらあることですし。
幸せなら手をたたこう
ここまで来ると余談に近いですが、「⑨スマホアプリの演出」に関して自分の中でも影響度が定かではない仮説が存在します。
ライブに参戦することが当たり前になったここ数年、僕はライブに行きたすぎる状況下で「あ〜拍手してぇ〜」と思うようになりました。(まさかこのネタを使う日が来るとは🙄)
ボイコットツアーの『拒否オロジー』や『初雪』、この横アリ公演が発表された瞬間など、心の底からポジティブな気持ちが溢れてきた時には、脳から命令せずともでっかい音を立てて拍手をするじゃないですか。
そんな原因と結果を繰り返しているうちに「拍手」と「快感」が条件反射的に結びついたのか、「幸せな時に拍手をする」→「拍手をする時は幸せ」という学習が行われてしまったようです。
これを「逆もまた然り」とするのが今回の新説で、幸福の絶頂であるはずのライブ中でも、拍手が封じられることでイマイチ快感が伝わってこなくなる可能性が浮上してきました。
もしくは「今まさにライブに参戦しているぞ!」という実感自体が薄れているのかもしれません。
amazarashiのライブは他のロックバンドみたいに身体を大きく動かして楽しむスタイルではない分、これまでの僕は“曲終わりの拍手”を通して、曲間に抱いた感情を全てアウトプットしてきています。(逆に曲中はamazarashiのパフォーマンスを吸収することに集中したいから極力動きたくない)
「電脳演奏監視空間 ゴースト」では一部楽曲の演奏前に、スマートフォンをスクリーンに掲げるよう求められる場面がありました。会場中のスマホライトが曲中にピカピカ明滅を繰り返すという演出の一環ですね。
その曲が終わった際に僕の手にはスマホが握られているので、咄嗟に拍手ができません。慌てて太ももの上にスマホを乗せる訳ですが、それでも全身全霊の拍手はできません。
「アリーナ席の隙間に落としたらすぐには拾えない」という注意喚起があった上に、次の瞬間にどんなフェイントが飛んでくるか分からず、内にも外にも警戒を怠れませんからね。
つまりはスマホ使用曲とか関係なしに、ライブ中は気持ちよく拍手のできない状況が続いていました。それ故の爽快感の欠如が、間接的にライブ全体の満足度を薄めていた可能性も否めないわけです。
拍手は演者に送る一方的なシグナルに留まらず、ライブの興奮を自分自身に“叩き込む”役割もあったのではないでしょうか。それが普段より大人しい場合「おや?あんまり楽しめてないのかな?」と自らを不安にさせてしまうのかなと。(本当に楽しめなかっただけの可能性もあるのが今回ややこしい)
スマホ使用曲は『光、再考』『痛覚』『未来になれなかったあの夜に』『スターライト』『アンアライブ』『ゴースト』の6曲、拍手が封印されていたのは17曲全て。
前者には制限された分の“見返り”が用意されていましたが、該当しない曲数の方が圧倒的に多い状況。そう考えると、単純計算で11曲分「スマホの存在がマイナスに働いた」と言い換えることもできます。
一見クッソ適当な妄想のようで、どうも個人的には体感の満足度とも釣り合っている気がするんですよね。「あの夜に6曲しか聴かなかった」と言われたらそんな気もしてきます。
過去一大掛かりなライブでフェスの平均値みたいな満足感しか得られなかったとすれば、そりゃあ「期待を下回った」と思うのも当然です。(CDJ24/25のamzは明らかに平均を上回っていたのにな〜)
おわりに
ぼくのかんがえたさいきょうの「ゴースト」
世の中には「文句があるなら代案を出せ」という定期があるので、現状の世界観をなるべく尊重しつつ、僕の納得度も上がりそうなライブ構成を妄想してみました。
──第一章──
1. 君のベストライフ
2. ナイトメア(ここまで普通のライブ)
❶領導者の初出現イベント(ダミー前口上を遮って襲来、ナレーションで生まれた経緯が語られる)
3. 光、再考📱(群衆演算のテストを兼ねてヌルッと始まる)
──第二章──
4. 小市民イーア
❷包帯を巻きながらハルマン室長の過去回想
5. アンチノミー(Cメロ前の間奏で領導者再来)
6. 痛覚📱
──第三章──
7. 収容室
❸希明がアカシアを名乗るまで
8. ロストボーイズ(Cメロで領導者再来)
9. 未来になれなかったあの夜に📱(この曲だけ希明zarashi有り)
──第四章──
10. おんなじ髑髏(適当なタイミングで領導者再来)
11. スターライト📱(急ピッチで形態変化&しぶとくなる)
12. アンアライブ📱(史実通りに領導者爆散)
──第五章(エンディング分岐)──
第五章では、原文「私とひまわりは目を合わせる。」からひまわりの「エンターキーを押すか押さないか」という葛藤に発展する。参加者のスマホに選択肢を提示、3分の2以上が賛同しないとエンターキーは押せない。スクリーンを円柱型のメーターに見立てて結果発表。
→押す場合(イーア成仏)
13. ゴースト📱
14. 黎明期📱
❹秋田さんのプチ演説(「自分自身を生きられますように」的なことを言ってほしい)
→押さない場合(再びイーアがひまわりを乗っ取って押させる)
13. ゴースト(伴奏と映像は流れるが誰も歌わない、スマホも使わない、リリックも黒塗り、お通夜のような6分半)
❹秋田さんのプチ演説(天の声として背後霊との付き合い方を提言するイメージ)
14. 黎明期📱
『ムカデ』『どうなったって』『僕が死のうと思ったのは』を抜いて、ストーリー面に尺を捻出しています。『黎明期』は何度考えてもタネ明かし後に歌った方がしっくり来るので大トリ。
セトリのポストカードが配布される仕様上、曲目を分岐させる案だけは断念しました。選ばれなかった方のシナリオは円盤の特典になりそうですね。
最大の拘りポイントは、領導者の出現タイミングを限定したこと。無抵抗に邪魔され続けるから鬱陶しいわけで、ウザさにもメリハリを付ければ「来たな馬鹿め、いっちょスマホでぶっ倒したるわ✊」って熱も入りやすくなるでしょう。スマホを使用する合図としても分かりやすくなりますし。
僕にストーリーを根本からテコ入れする技量はありませんが、せめて最後に秋田さん自身の言葉が重なるだけでも「秋田ひろむと背後霊の決着」に関しては最低限納得できていたと思います。
あとは朗読中も出羽さんお手製のインスト曲を流すとか、事前に匂わせていた楽曲のピアノアレンジを豊川さんに弾いてもらうとか、「虚無病」における“アノミー確定演出”のような耳を飽きさせない工夫が詰まっていたら毎時毎秒ウキウキでしたね。
ちなみに曲数よりもライブの世界観を重視する方向性は、6月8日に参戦した「東京喰種FES.」が理想的な一例を提示してくれました。
内訳は、アニメ名シーンの朗読劇と声優陣のトークパートを交互に繰り返すのがメイン。その要所要所に『聖者たち』『無能』『asphyxia』『unravel』が挟まれるだけという衝撃的なフェスでした。1曲演奏して去っていくんですよ各アーティストが。
朗読中にステージ転換を済ませる段取りの良さ、満を持して叩き込まれる爆音を全身で吸収する愉悦、また少数精鋭であることで記憶にも残りやすく、音楽目的で参戦して4曲しか聴けなかったとは思えないほどの満足感を得られました。
無論、あちらは長編ストーリーの大半を脳内補完させられるアドバンテージを持っていたり、大量の“課題曲”を抱えていないからこその構成であって、amazarashiが「電脳演奏監視空間 ゴースト」でそのまま模倣できる訳ではないんですけどね。
それでも型破りな音楽ライブに満足させられる成功例として、軽く取り上げさせていただきました。
同行者3人に感想を聞いてみた
せっかく僕とは熱量の異なる人達をamazarashiのライブに連れてきたので、それぞれの視点でどう感じたのかを簡単に尋ねてみました。大まかに要約しつつ、本人の言い回しはなるべく残してあります。
【母】
バンドのロゴからしてそうだし、フリーメイソンが███████ってことあの人は知ってるんだよ。警鐘を鳴らしてるんだよ。
“新世界秩序”ってネーミングが█████で、ドローンが飛んでたりとか超監視社会とかも█████。ここまで核心に迫るのはamazarashiだけだよね。
一曲一曲を魂込めて歌っていた。ストーリーとマッチした曲をやっていた。一つの物語を読み終えた気分。あれがライブ用に書き下ろされたものとは思いもしなかった。
前はあんな大きい顔いなかったよね?(※地方都市のメメント・モリツアー豊洲PIT公演のこと)
最初ひまわりは女の子かと思ってたけど、途中で違うことに気付いた。(クレしん先入観)
【弟】
“読み聞かせスタイル”が新鮮だった。歌声や楽曲がやっぱ唯一無二だね。(ノリノリなライブの方が好みだけど)たまにはこういうのもいいね。『季節は次々死んでいく』も聴きたかったなぁ。
【友達】
もっと歌だけな感じかと思ってたけど、想像以上に映像や演出が凄かった。5曲くらい知ってる曲あったよ。(サマソニは暑そうだから嫌だけど)またどっかでライブやるなら誘って?
──三者三様に「電脳演奏監視空間 ゴースト」ならではの感想を話していたのが印象的です。こう言ってもらえると強引に連れてきた甲斐がありますね。
特に母は自身の思想とマッチしたようで、想像以上に熱く語ってくれました。今後また続編ライブが開催されるとしたら一番楽しんでくれそう…。
弟に聞いたところ、秋田さんが絶不調で歌詞も飛ばしていたことには全く気付かなかったらしいです。僕もReolの調子を聴き比べて何も分からずに驚かれたことがありますし、原曲を知らないと案外そんなもんなのかもしれません。
友達の云う5曲は、彼の聴いていた野良プレイリストから察するに『スターライト』『僕が死のうと思ったのは』『未来になれなかったあの夜に』『アンチノミー』『痛覚』ですね。他にも『黎明期』の歌詞ネタを振られたことがあるので予習してくれていたのでしょう。
個々の思い描くamazarashi像
記事中盤に綴ってきた長文とは裏腹に、同行者3人の感想はいずれも「観に行けて良かった、誘ってくれてありがとう😊」と言わんばかりの温度感でした。
僕の不満足たる所以を「秋田ひろむ成分の不足」とするなら、彼らはこのライブをもっと俯瞰的に「amazarashiという名の総合芸術」として受け取っていたように思えます。
あの空間における演出の数々を秋田ひろむが厚化粧していると見るか、あるいは全部引っ括めてamazarashiと見るか。そういう土台の違いで満足度も変わってきたのかなと。
もちろん「アリーナ会場でコンセプトライブやりました!」という実績は世間的にも分かりやすく、メジャー活動を続ける上では有効な一手なのでしょう。その理屈は分からなくもありません。
ただ、仮にそれが「そうしなきゃ振り向いてもらえない」「やらなきゃ客席が埋まらない」といった、amazarashi自身の過小評価に基づいた方針だとしたら、僕はむしろ切なさを覚えてしまいます。お前はありのままで可愛いよ。
何を隠そう今回の横浜アリーナ公演、専用アプリやアルバムなどの詳細情報が解禁される前にソールドアウトしていましたよね。
それがどんなライブだろうと「amazarashiが横アリでやるなら行きたい!」と思った人がそれだけ存在していたのです。
この事実だけでも“amazarashiの横浜アリーナ公演”という催し自体に、パンパンの需要と信頼があったことの証明になりませんか?(一旦ここでは結果論止まりだけどさ)